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2009年5月30日土曜日

イワンのバカ

イワンのバカは、余計なことは考えず、1日コツコツと働き、手にマメをつくり、収穫に感謝し、生きています。
軍人の兄は力に、商人の兄はお金に溺れ、悪魔の子分のワナにはまります。

イワンの愚直さに敗れた子分たちの復讐に親分の悪魔が乗り出しますが、「頭を使う」ことをイワン国の国民のバカたちにわかってもらえず、「頭を使って」階段を痛そうに転げ落ちながら消えます。

力に溺れ、お金に溺れ、頭を使うことに溺れ・・・。
これはまるで現代の混乱そのものではないですか!

トルストイのメッセージは永遠ですね。

2009年3月9日月曜日

あなた

幸せの情景。
絵や歌や詩や小説などで、その情景が目に浮かぶとき、幸せを共有できるような豊かな気持ちになります。

共感する力 これも幸福のための技術のひとつだと思います。



「あなた」に出てくるちっちゃい家と坊やの風景。
なんとも、いいです。

2008年1月1日火曜日

「コーチングの空に」というタイトル

希望は人生の糧。
「ショーシャンクの空に」は、それを凝縮したすばらしい映画です。
「コーチングの空に」というタイトルは、コーチングを人生の糧としていかしたいという思いでつけました。



2007年11月5日月曜日

夢あっての幸福

「目標は期限つきの夢」ということばがあります。
幸福は、ものさしがあってはじめてイメージすることができるものです。
人生において、何を達成したいのか。達成イメージを言葉にしてみて、書いてみて、はじめて「どうだったら幸福なのか」ということがはっきりとします。
「平和な世の中に生きたい」、「便利で豊かな生活を楽しみたい」、「差別のない社会にしたい」というような無数の夢の積み重ねがあって、いまの私たちが生きる世界があります。
そして、人は目標を決めると達成しようとします。
目標達成マシーンです。
目標は、幸福のものさしになるのです。
もうひとつ、自分の信条や価値観など心の部分も、幸福のものさしの一要素となります。
幸福になるための土台は、「夢」と「心」の組み合わせです。

GMO社長の熊谷さんの「夢・人生ピラミッド」の「心・精神セクション」は、夢をささえる土台であり、「自分はなぜ自分なのか?」という問いへの答えそのものです。
人間は、生きているかぎり学び成長するものです。「心・精神」が人生の各局面で変わるのは自然なことだと思います。
変わることもまた、自分の歴史です。
自分の「心」、すなわち、自分の好きな言葉でも、ゆずれないスタンスでも、座右の銘でも尊敬する人のことばでも何でもよいから、書き出してみましょう。ほかの人の信念や信条にふれる機会があれば、それによっても、おおいに啓発されることでしょう。

幸福のために、時間が味方になる 時間は、誰に対しても同じスピードで経過します。
時間は、私たちにとって大きな味方です。それは、
  1. 毎日少しずつこつこつやると、時間がたつほど多く蓄積される
  2. 資産運用において、多くの場合、時間軸を長くとるほど価格変動リスクは低減する
  3. 生きることにおいても、 めざす星がわかっていれば、途中で回り道をしても、時間の経過とともに着実に近づいていける
からです。

時間を愛し、もっともっと時間に味方になってもらう。
そのために、目標を決めて、時間軸を設定して、1日1日を大切にし、記録をつけるということも、意味があります。

自分を承認するということは、自分の歴史を記録していくことは、自分を承認することにつながります。

かしこまった記録である必要はなく、日記帳でも、手帳の片隅でもいいと思います。

2007年10月1日月曜日

幸福のための技術論

「幸福だなあ!」と思うのはどういうときでしょうか。

  • 愛する人と一緒にいるとき
  • こどもの安らかな寝顔をみているとき
  • 好きなことに没頭しているとき
  • おいしいものを食べているとき
  • 日の光をさんさんと浴びているとき
  • 知らない世界に行って、新しいものに驚き、好奇心を満たされているとき
  • 人に教えているとき
  • 感謝されたとき
  • ほしかったものが手に入ったとき
  • 病気やケガが治ったとき

思いつくままに挙げてみましたが、「そうそう」というものもあれば、「なんで?」というものもあるでしょう。人によって、あるいは人生の局面によって、なにが幸福感をもたらすかは、千差万別です。

本多静六(学者、蓄財家)さんは、「幸福は決して、親から与えられるものでも、人からもらえるものでもなく、また、偶然拾うことのできるものでもない。しょせんは自分自身の努力によって、自分の欲望が満たされ、あぁ、うれしいと感じる状態である」と言っておられます。

幸福は、そうなりたいと強く願い、努力してはじめて得られるものです。努力していられること自体が幸福である、ということでもあります。

ひとりひとりが、心から幸福だと思えないから、親殺し、子殺し、保険金殺人、いじめを苦にした自殺、などの痛ましい、悲しい事件が次から次へと起きるのではないでしょうか。

「幸福になりたい」と強く願うのはタダです。必要なのは、強い意志をもつことです。
一方、努力するということは、やみくもにやればいいというものではありません。
努力するためのテクニックがあると、ずいぶんと楽に、楽しくなります。

いまの時代、テクノロジーぬきにテクニックを語れません。テクノロジーを活用しなければ「もったいない」です。
必要なテクノロジーは誰にでも平等に目の前にあり、タダもしくは信じられないような安い費用で活用できるのですから。

私自身、幸福になるための努力にテクノロジーをどう活用できるか、試行錯誤してきました。
インターネットは、福音です。

テクノロジーを活用して、

私なりに次のようなことを施行してきました。

  • 2000年以来、家族の記録にプロバイダーの提供する無料ブログを使っています。
  • 2000年以来、お金の管理にMicrosoft Moneyという1万円ちょっとのソフトウェアを使っています。
  • 自分の目標管理のために、2007年から自分の会社が運営するenabLife(エネーブライフ)というサイトを使っています(利用は無料です)。
  • 自分の考えや意思を書きあらわすために、GoogleのBlogger(もちろん無料)を使っています。
  • あと、アナログですが、約5,000円の10年日記をつけています。

そんな経験に基づき、私流の「幸福のための技術論」について、こちらにまとめております。どうぞご覧ください!